昨日の記事 で「現在では、政府やそれに関係する専門家が口にする「クラスター」は、「2人以上の集団感染」である。「多数の感染」という意味は完全に消失している」と書いたところ、そうじゃない情報がいきなり出てきた。
政府の新型コロナウイルス対策の分科会が8日開かれ、昨年12月に発生した807件のクラスター(感染者集団)を分析した結果が報告された。医療機関や福祉施設での発生が45%を占めた。飲食に関連したものは約2割で、このうち約半数は接待を伴う飲食店だった。
報道された情報にもとづき、5人以上の感染者が出たクラスターを分析したもので、分科会メンバーの押谷仁・東北大教授から報告された。
https://www.asahi.com/articles/ASP187RJ7P18ULBJ00C.html
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土肥修一 (2021-01-09)「クラスター発生、医療・福祉施設で45% 12月分析」朝日新聞DIGITAL 5時00分
当該の新型コロナウイルス感染症対策分科会の資料 (第21回会議、1月8日) をみてみたところ、
- グラフではなく表のかたちで記述されている
- PDFファイルからテキストがコピーできる
- クラスター数だけでなく感染者数がわかる
- こまかい分類にわかれており、解釈上の注意事項が書いてある
ものであった。
このようなまともな品質のデータが入手可能になったのは、日本のCOVID-19「クラスター対策」史上はじめてのことである。
これは決して誇張ではない。各種クラスターで何人の感染が生じたのかが正確にわかる状態で情報が出てきた例は、未だかつて一度もなかった。これまで公開されたデータで最良のものは、アメリカCDCの雑誌に掲載された報告 http://doi.org/10.3201/eid2609.202272 だが、これは正確な感染者数がわからず、クラスターの人数分布の大雑把なグラフから推測 するしかなかった。クラスターの感染者数のデータが出た過去の例は 7月の第4回分科会資料の表 だけであるが、これはクラスターの全部を網羅しておらず、クラスターの定義も不明であった (たぶん「2人以上の集団感染」だと思うが、資料にはそうは書いていない)。
データの整理と再利用
今回、せっかくデータが出てきたので、まず該当部分をテキストに直したものをつくった。http://tsigeto.info/covid19/bunkakai21-p39-44.txt からダウンロードできる。
これをもとに、この期間 (2020年12月以降) の感染の全体像とそのなかの「クラスター」の位置づけをつかむことを考えよう。
資料には「令和2年12月以降に報告があったクラスター人数が5人以上のものを抽出」とある。これには1月のものも入っている可能性があるが、とりあえず、12月1日から31日までの感染者総数85891を感染者数全体とする (この値は厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/content/pcr_positive_daily.csv による。 2021年1月9日ダウンロード)。
また、「クラスター」が判明するのは、感染源がわかった場合 (=疫学的リンクあり) にかぎられる。感染源がわからないケースが増えればクラスターも減る。おなじ第21回分科会の資料の5枚目のグラフから全国の「アンリンク割合」をみると、12月の各週はおよそ44-48%程度だったようである。
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/bunkakai/corona21.pdf
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新型コロナウイルス感染症対策分科会 (2021-01-08) 第21回会議資料
5枚目
12月全体のアンリンク (感染源不明) 割合は46%と考えて、85891×0.46 = 39510 が感染源不明、のこる46381人を「リンクあり」としよう。 4月4日までのデータ ではアンリンク割合は39%だったが、それよりも若干高くなっている。
以上のデータをまとめて1枚の表にしたのが下記である。
表: 5人以上の感染者が発生したクラスターの内訳
大分類 | 小分類 | クラスター件数 | 感染者数 | 平均規模 | 全感染者中の比率 | リンクあり中の比率 |
---|---|---|---|---|---|---|
医療・福祉施設 | 361 | 8191 | 22.7 | 9.5% | 17.7% | |
飲食関連 | 156 | 1664 | 10.7 | 1.9% | 3.6% | |
接待を伴う飲食店 | 77 | 907 | 11.8 | 1.1% | 2.0% | |
飲食店 | 39 | 327 | 8.4 | 0.4% | 0.7% | |
カラオケ | 19 | 245 | 12.9 | 0.3% | 0.5% | |
会食 | 16 | 134 | 8.4 | 0.2% | 0.3% | |
ホームパーティー | 5 | 51 | 10.2 | 0.1% | 0.1% | |
教育施設* | 123 | 1754 | 14.3 | 2.0% | 3.8% | |
小学校 | 9 | 89 | 9.9 | 0.1% | 0.2% | |
中学校 | 14 | 134 | 9.6 | 0.2% | 0.3% | |
高校 | 41 (11) | 771 | 18.8 | 0.9% | 1.7% | |
大学 | 19 (8) | 364 | 19.2 | 0.4% | 0.8% | |
専門学校 | 5 | 55 | 11.0 | 0.1% | 0.1% | |
学習塾 | 2 | 37 | 18.5 | 0.0% | 0.1% | |
保育所・幼稚園 | 27 | 250 | 9.3 | 0.3% | 0.5% | |
学校(詳細不明) | 6 (1) | 54 | 9.0 | 0.1% | 0.1% | |
職場関連 | 95 | 1103 | 11.6 | 1.3% | 2.4% | |
企業等** | 66 | 635 | 9.6 | 0.7% | 1.4% | |
その他の工場 | 9 | 178 | 19.8 | 0.2% | 0.4% | |
官公庁 | 8 | 99 | 12.4 | 0.1% | 0.2% | |
食品工場・食肉処理場 | 7 | 144 | 20.6 | 0.2% | 0.3% | |
コールセンター | 3 | 25 | 8.3 | 0.0% | 0.1% | |
理・美容所 | 2 | 22 | 11.0 | 0.0% | 0.0% | |
その他 | 72 | 540 | 7.5 | 0.6% | 1.2% | |
クラスター総計 | 807 | 13252 | 16.4 | 15.4% | 28.6% | |
クラスター外 | 33129 | 38.6% | 71.4% | |||
リンクあり総計 | 46381 | 54.0% | 100.0% | |||
アンリンク | 39510 | 46.0% | ||||
12月感染者 | 85891 | 100.0% |
*「教育施設」人数には職員や教員も含む。 () 内は部活動に関連していることが明らかとなっている件数
**「企業等」にはその詳細が不明なものも多く含まれる。
データ: 新型コロナウイルス感染症対策分科会第21回 (2021-01-08) 資料 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/bunkakai/corona21.pdf 5枚目「新規感染者数(人口10万人対)/アンリンク割合」のグラフおよび39-44枚目「資料2-2 最近のクラスターの解析」の表による。
「クラスター対策」は有効だったのか
「クラスター」感染者の総計13252は、全感染者85891中の15.4%、「リンクあり」感染者46381中の28.6%にすぎない。4月4日までのデータでそれぞれ25.5%と41.7%だった のにくらべても、ずっと割合が低い。「クラスター」での感染よりもそうでない感染のほうが多いのはいわゆる「第1波」のころから一貫した事実であったが、最近では割合がさらに低下し、「クラスター」外での感染が圧倒的多数を占めるようになっている。
さらにいうと、医療・福祉施設では、固定的なメンバー (入院患者や入所者) の間で感染が拡大する。一夜の宴会で一気に多人数が感染するようなケース (多くの場合、感染源はひとり) とちがい、複数の感染源からの少人数の感染が長期間をかけてすこしずつ広がるものと考えたほうがいいのである。そうすると、いわゆる「クラスター対策」が前提としてきた、ひとりから多数への感染としての「クラスター」の概念 にはあてはまらない。(「教育施設」や「職場関連」にも、そういうケースは多いかもしれない。) 上記の表からわかるように、「クラスター」での感染者13252人のうち、8191人 (61.8%) は「医療・福祉施設」クラスターに属する。「医療・福祉施設」以外のクラスターでの感染者は5061人 (38.2%) にすぎない。これは全感染者中の5.9%、「リンクあり」感染者中では10.9%である。
このように、捕捉されている感染者の情報をみるかぎり、感染者のほとんどは、5人未満の小規模な感染によって生じている。「クラスター対策」が前提としてきたような、1人から大勢に一気に広がるような大規模な感染 は、ごく小さな割合しか占めていない。
この数値の解釈は、2通りある。
ひとつは、1回1回は小規模な感染が、多数連鎖することによってCOVID-19の流行を生み出しているのだという解釈である。この場合、「クラスター」を形成するような大規模な感染による感染者は、流行にはあまり寄与しない。大規模感染が感染の主体だとする「クラスター対策」は、その理論的前提から的外れだったということになる。
もうひとつは、COVID-19は本当は大規模感染によって拡大しているにもかかわらず、それらをほとんど捕まえられていないのだ、という解釈である。 https://remcat.hatenadiary.jp/entry/20201216/cluster#niid で書いたように、保健所等がおこなう積極的疫学調査においては、(感染の規模にかかわらず) すべての感染連鎖を把握して管理下に置くことを目標としてきた。専門家の主唱する「クラスター対策」は、後ろ向き探索によって大規模な感染を集中的に摘発することを要求してきたが、現場で実際におこなわれてきた調査は、前向き探索を、リスクの高そうな接触者 (いわゆる「濃厚接触者」) に限定しておこなうものであった。自治体が特別に指示を出したりクラスター対策班が乗り込んだりした特殊なケースでは、「クラスター対策」が実行された場合も確かにある。それらが大きく報道されたせいで、私たちは同様の対応 (複数の患者が感染した疑いのある場所の関係者を広くリストアップして検査する、など) が標準的になされていたのだと思いがちである。しかし、そういうのはあくまでも特殊なケースなのであり、一般的には「クラスター対策」は機能していなかった疑いがある。